「あ、坂本ちゃん!」
私が「はぁ」とため息をついたのと同じ時、後ろから呼び止められた。隣のクラスの辰巳千里さんだ。去年同じクラスになって知り合った彼女は、全期を通して自ら立候補をしてまで委員長を務めている、なかなかに良くできた子だ。そんな彼女は、私のことを「坂本ちゃん」と呼ぶ。この学校で「委員長」以外の呼び方をするのは兄を除けば辰巳さんだけで、親しみを込めてくれているのは嬉しいけれど、どこかむずかゆい呼び方でもある。
「坂本ちゃん、聞いたよ!委員長なんだってね!また一緒だよ!」
「う、うん。またよろしくね。」
辰巳さんと一緒にいるのは嫌じゃないけど、委員長であるのはどうしても嫌なので、複雑な気持ちだ。しかも今年は、兄さんが副委員長になったと云うことでかなり気持ちが後ろ向き。
「うん!でもごめん。今日はちょっと、あたし出られないんだ。」
「え、そうなの?」
「急な用事でねえ。あ、でも大丈夫。ちゃんと代役は頼んでおいたから。頼りないし、ボーッとしてるし、たまに寝るかもしれないけど、その時は遠慮なく叩き起こしてやって!別に、そんなことで怒るやつじゃないし。」
「えと、その人って、副委員長?」
「うん、まあ、一応はね。」
一応?とはいえ、そんな人が副委員長で本当に大丈夫なんだろうか。副委員長は普段の仕事は無いにせよ、例えば今回のこのような場合には委員長の代理として会議に出席しなければならないのに。
「まあとにかくっ!そんなわけだけどまた半年よろしくね!明日また話そうね!」
「あ、うん。またね。」
手を振って、立ち去る疾さ風の如し。……って、
「廊下は走っちゃダメ!」
2002年度・廉双中学第三学年第一回クラス委員長会。まずは自己紹介が行われた。
「C組、坂本泉水です。委員長になるのは二回目ですが、不慣れなところが多いので、あまり頼らないでください。以上です。」
自己紹介の台詞じゃないとは思うけど、頼られるのが苦手なのは事実なので言っておくべきと思っての申告だったが、
「自己紹介で云うか?フツー、そんなこと。」
席に着いた途端、隣に座る男子、つまり辰巳さんの代理で、辰巳さんのクラスの副委員長からそんなことを言われた。確かにそうだけど、見ず知らずの他人から指摘されるとなんだかムッときた。
「別に、事実ですから。」
「……面白いな、オマエ。」
無表情の冷静さで淡々とそう宣った。ムッとくる男子だった。
「次、D組。」
指名され、立ち上がるD組副委員長。私はなんとなくその顔を見る気になれなかったのでそっぽを向いた。まったく、なんでどうして男子ってみんなこうデリカシーが無いんだろう。女の子の気持ちを察してくれとまでは言わないけど、もう少し自分の発言に責任を持って気を使ってほしい。
「D組、委員長の辰巳千里は欠席のため、代理として参りました。副委員長の――」
なんだ、こういう礼儀正しい喋り方もできるんだ。でもやっぱりそっぽを向きながらそんなことを思っていた。
「――藤堂隆利です。よろしくお願いします。」
藤堂、りゅうり?藤堂……りゅう……隆利、たか……。
「藤堂!?」
私は叫び、気付けば立ち上がって、彼の方を向いていた。
「あなたが、藤堂で、辰巳さんと同じクラスで、副委員長で、男子で、二年前、私と同じクラスだった藤堂たかとし!?」
静寂に自己紹介を聞いていた部屋全体が静まり返り視線を私に送っていた。でもそんなのは今はどうでもいい。問題は彼が、眉間にしわを寄せ私を睨んでいる藤堂隆利が、ここに、私の隣にいると云うこと。
「りゅうり、な。ま、どっちでもいいけど。別に自分の名前に対して愛着持ってるわけでもなし、どっちとも読めるからな。」
その目はやはり私を睨んでいた。でも、突き刺すようではなく、優しくもなく、冷たくもなく、温かくもなく、わたしを見透かすようでいて、何も視ていないような、不思議な目だった。
それが、私、坂本泉水と、彼、藤堂隆利の出会いだった。
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