その中心に座り込む青年。ただ愕然と、目の前に横たわる"それ"を見つめていた。ピクリとも微動だにしない"それ"は、先まで彼の隣で笑っていたというのに。
「お前、神とか言ってたな。」
音もなく背後に現れた少年の姿をした者に彼は訊ねた。
「ふむ、良いものだね。怒りと哀しみ、絶望が織り混じって震えた人間の声というものは。」
その体躯には似つかわしくない野太い声をが響かせ薄笑いを浮かべる。だがその重量感に気圧されることなく彼は怒りのみで「煩い。」と一蹴をした。
「ふむ、詰まらんね。ところで先刻の問いだが、あれは便宜的にそう名乗ったに過ぎない。キミたちの持っている概念に一番近い表現がそれだっただけさね。」
「なんでもいい。ひとつ俺の質問に答えろ。」
「なんだい?」
「ひとって、こんなに簡単に死んで良いものなのか。お前は!こんなにも簡単にひとを殺していい存在なのか!!?」
「解せんね。人間なんて有相無相のもの。そこに優劣など無い。在るのは劣等なものばかりじゃないか。それをたかがひとつやふたつ私の一存で間引いて何が悪い。キミらとて必要なくなったものを処分するだろう。害虫を躊躇わず考えなしに駆除するだろう。その理由と、何ら変わりは無いと思うがね。」
「だからお前は殺したと?」
「そもそもその表現にも語弊がある。私は殺したのではなく導いたのだ。キミらが在るべき正しい方向に。」
ただ雄弁に、毅然と、己の正義を神は語る。口元だけで作っていた笑みはいつの間にか表情全体に広がり、とても楽しんでいるようだった。
「ふむ、キミとの会話が面白くなってきた。ひとつと言わずともっと質問してきてくれ!」
彼はその時既に立ち上がっていた。神なる少年に背を向けたままであるが、彼はその場所までの距離も測り、相手の姿、背丈まで全てを把握していた。そして、神の嗤い狂うその様に怒りはとうに限界を超えていた。
「いや。今のだけでお前を殺すには十分な理由だ!」
空間から取り出すは炎の刃。嘗て彼女が地獄の番犬をも斬り砕いた審判者の大剣。
「……ふむ、残念だ。」
表情が消え、本当に、残念だと歎息を漏らした。
振り向き、向かい合う。敵を真っ直ぐ捉え、彼女の刀[覚悟]を構える。
畏れるな。考えるな。信じろ、彼女を。疑え、自分を。迷うな、倒すべきものはすぐ前だ。
「ごめんな。」
小さく、彼女と彼女の刀に謝罪する。
『この刃が纏う炎は包み込むもの。相手を優しく温もりで満たすもの。決して疵付けてはいけない。何があっても怒りや憎しみの炎に変えてはいけない。たとえ許せないものが相手でも。』
それは彼女の言葉。彼女の信念。でもそれを穢すことになるから。目の前の神[悪]を赦せないから。
「さあ来い、火流の童子よ!」
「言われるまでもねえええええええ!!!」
――ザンッ!!
【関連する記事】