「こちらの防衛ラインは?」
「Aクラスの部隊を配置し随時応戦していますが、相手も相当の者ばかりな上、数も上回っています!時間の問題かと!!」
「凶報です!北部ワルフェルド方面より敵の大隊が接近!数はおよそ4000、我が軍の白甲冑を交え進攻中です!」
「まさかっ!」
「その先頭に、敵軍の旗を掲げる銀河のツヴァイト、リュミエール・モント氏を確認しています!」
「……なんと、奴が裏切るとは。」
「ご指示を!」
「全軍撤収!直ちにトゥネスの間より退避しろ!」
「そんな、議事堂を明け渡すのですか!?」
「何を考えている、ゼクスト!」
「何を?我が軍勢の者全ての命だ!建物が欲しければくれてやればいい。あなた方の権力は議事堂ありきなのか!!」
「……まったくその通りだ。総員を撤退させろ!負傷者を含め直ちにだ!」
「了解!」
「………。」
「どこへ行く、グラン・ナクト。」
「議会に付いた泥は、議会が払わねばならんでしょう。私が行きます。」
「できるのかい、ナクトくん。」
「やります。」
「ドライツェント。彼のところへ行け。そしてゼクストの援護をしろ。」
「……わかりました。」
「遅いじゃないか。待ちくたびれたぞ。」
「あなたを解放します。でもその前に、わたしの質問に答えて下さい。」
「なんなりと。」
「わたしは何者ですか。」
「その名前の通り。神だ。正確には、神よりこの世界を託された選定者、審判者、代行者。」
「その神様は何処にいるんですか。」
「神は姿を現さない。だからお前がここにいる。」
「……最後の質問です。あなたは何ですか?」
「俺はお前と同じだ。だが失敗した。あの女に裏切られた。」
「リュミさん……。」
「質問は終わりなんだろ?だったら早く開けてくれ。」
「はい。」
「やれやれ久しぶりに立てた。こっからは共闘と行こうぜ、兄弟。」
「わたしは女です。それにわたしのは受動的ですから、戦闘には向いてません。」
「ああ。だから俺の背中を任せるって言ってるんだ。よろしく頼む。」
* * *
荒野、と呼ぶのが当てはまるだろう。そこにひとりの女がうつ伏せに横たわっていた。肩まで伸びている彼女の銀色の髪は、黄昏の光をそのまま映していた。
やがて女は意識を醒まし上体を起こすが、その身は何も纏っていなかった。容姿はまだ20代ほどだというのに、自分の姿を見ても何か疑問を持ったり、驚いている様子は見られない。
辺りを見回す。何もない。あるのはただ無数の岩と、僅かに生えた草、そして黄昏の空だけだ。
その空を金色の瞳で見上げ、彼女は言葉を発する。
「ここはどこだろう。」
そう呟くが、その言葉の意味を彼女は理解していなかった。そもそも、呟いたことさえも感じていないし、ましてや思考もない。まるで他者の思考を代弁したかのようだった。
しばらくして、荒野にもうひとり女がやって来た。全身を深緑に包んだ、背の高い女だ。緑の女は銀髪の女に気付くと彼女の許まで駆けだし、羽織っていたローブで裸の体を被う。
「どうした!なにがあった?」
返事はない。きょとんとした顔で自分を見つめている。緑の女――グラン・ナクトは改めてこの裸の女の体を見る。特に傷はない。多少の土埃が付いているが、掃えば簡単に落ちる程度のものだ。辺りには、少なくとも数百キロ圏内には人の気配を感じられない。
「?」
思慮に耽っているグランの顔を見て、銀髪の女の顔はますますきょとんとしたものになる。
「まさかコイツ……。」
言葉を持っていないのか。グランは思った。
(それどころか記憶も持っていないかもしれないな。)
グランは女の手を持ち立ち上がった。
「ほら、立てるか。」
腕を引き寄せ、その体重のすべてを自らに預けさせた。予想以上の軽さにやや驚く。
「来い。遠いが、私の家がこの先だ。とりあえず服を貸そう。」
立つのも、歩くのも、初めてだった。
一時間ほど歩いた所にその小屋はあった。一時間ほど歩いたというのに、空はまだ黄昏で、その光に照らされた岩々と共にただその場所にあるのが当たり前のように佇んでいた。
「さてと。とりあえずこれ着な――って、そうか分からないんだったな。やれやれ厄介なものを拾ったな。」
ここまでの道中、何度か会話を試みたがやはり反応は同じで、何を訊いても何を話してもきょとんとした表情を返されるだけだった。
(しかし、なぜあんなところに。そもそも、コイツからはプリズムの気配が感じられない。どういうことだ。ここの人間ではないのか。)
予備の服を銀髪の女に着せながら考える。
(しかし外界から来たとすれば"兆し"が起こるはず。ここ最近はそんなものなかった筈だ。ではどうやって?)
「よし、っと。なんだ、ぴったりだな。」
グランの服を着終えた銀髪の女は やはりきょとんとしたままだったが、自分の姿を見て少し嬉しそうな、そんな風にも見えた。
(いずれにしても、議会への報告はせねばならんな。)
「……あ。」
「あ?」
その時、その短い声の後、女は急に意識を失いグランの方へ倒れる。
「な、おい!」
先ほど荒野で手を引いた時とは打って変わり、グランの体に乗る彼女の体重はとても重たかった。
「くそ、なんなんだコイツ。」
眠り姫を仕方なく担ぎ、自分のベッドにそれを寝かせる。
「ふうっ。やれやれ。今夜は床か。……ったく、厄介なものを拾ったな。」
(疲れたな。私も寝るか。)
床に座り込み、グランは目を瞑り呼吸を収めた。
小屋の外は、まだ黄昏に染まっている。いや、まだという表現は正しくない。ここはずっとそうなのだ。夜が来ることも、朝が来ることもない。ふたつの太陽が沈んでは昇り、永遠の黄昏が続いている世界。
その黄昏世界へ落ちたひとりの女の、これは彼女の、もうひとつの物語である。